絶対音感の訓練は必要でしょうか
自分が出している音について、耳で正誤が判断できることは大きなアドバンテージとなります。一方で、音の高さや音色に関する識別能力には大きな個人差があります。
それは「生得的な能力」と「経験知」が積算されたものです。
絶対音感に関してはいろいろな調査がありますが、大雑把に言って4歳までに始めれば8割が身に付き、9才以降であれば2割しか身に付きません。
中には訓練無しに生まれつき絶対音感を持っていたケースもあれば、3才から始めても習得が難しかったケースもあります。
例えば、お母様に絶対音感があってお子さんに乏しかった場合、音程や打鍵のミスを指摘してもなかなか改善しません。むしろ馬鹿にされた、否定されたと感じてしまうかもしれません。
実は、ピッチ(音高・周波数)の精度には上限がありません。上には上が居ます。そのうえ耳の良さはピッチのみならず、和声や旋律、リズムやテンポ等の要素を総合したものになるので、実に複雑です。教師は個々の習熟度を見極め、徐々に要求水準を上げていきます。
すぐれた音感は楽器を演奏する上で大変有利ですが、それは全ての学びと同様、必ずしも直線的に成長するわけではなく、あるときふと正しい音程で歌えるようになったりします。
また音感が育つことで、音楽以外の領域でもこどもの世界を大きく広げる効果があるようです。Piu-mottoでは、音感教育は少しずつでも継続する価値があると考えています。
補足ですが、必ずしも絶対音感である必要はなく相対音感でも全く構いません。究極の相対音感は絶対音感につながりますし、むしろ相対音感が乏しい機械的な絶対音感のほうが問題です。正しいソルフェージュ、適切な音感訓練で活き活きとした音楽を育てましょう。
リズム感
ソルフェージュの学びで訓練するもう一つの柱が、リズム感です。
これも、「生得的な能力」と「経験知」が積算されたものとなり、非常に個人差の大きいものです。
「生得的な能力」としてはよく、ラテン系やアフリカ系の民族に、抜群のリズム感があるとか、日本民族には独特のリズム感やノリがあるとかいわれます。
そして我々は、心地よいリズムやキレの良いリズムに生理的な快感を、逆の場合に不快感をもちます。
リズム感と切り離せないのが拍子感です。音楽教育の現場では、リズム叩きとか、拍子歩き、といった呼び方で練習します。これらも判別能力がついていない場合、ミスを指摘しても子供の方に実感がありません。
Piu-mottoのレッスンでは、わらべ歌あそびやリトミックの粗大運動から始め、模倣で様々なリズムの体験を重ね、ソルフェージュの学びで応用力を開発していきます。